正思(しょうし)-正しく思うこと

その時によって正しい思いは変わる。

お釈迦様が一番最初の説法において

幸せの道を説いた八正道。

「正思」は八正道の2番目の教えです。

読んで字のごとく、正しく思うこと。

どのように思うと、幸せにつながるのかは、その時によって変わります。

例えば、誰かを「羨ましい」と思うことが自分の成長に対する起爆剤となることがあります。

しかし、「羨ましい」が大きくなりすぎて「嫉妬」に変わり、さらに「妬み」に変わることもあります。

すると、相手への「あこがれ」が「憎しみ」に変わり、自分を苦しめる結果につながります。

そのためには、何事も片寄った方向に思いを持って行かないようにしなければいけません。

その時々によって、どのような思いでいる方が幸せになれるのか?

ここを間違えると、思い違いというものにつながります。

無害心、無瞋恚、無貪欲

「正思」には無害心(むがいしん)、無瞋恚(むしんに)、無貪欲(むどんよく)の三つがあります。

無害心

まず、無害心は、自分の心も相手の心も害さないこと。

人を大切にする思いと、自分を大切にする思いを心掛けるということです。

そうすることで、自分で自分を愛することが出来、他人からも愛されるようになります。

無瞋恚

次の無瞋恚は怒りに支配されないことです。人生の様々な場面では怒りの感情が支えとなり、頑張れることがあります。

しかし、これに支配されてしまうと、他人を愛せなくなります。そうなると、本来受け取れるべき相手からの優しさを受け取れなくなるのです。

さらに、そんな自分がどんどん嫌になっていき、今度は自分をどんどん傷付けていきます。自暴自棄の始まりになります。

無貪欲

無貪欲というのは余分な欲を無くすということです。足るを知ることです。

「無い物ねだり」という言葉があります。

他人が持っている幸せが欲しくなる。

しかし、他人が手に入れられるものと自分が手に入れられるものは違います。

他人の芝生が青く見えるというように、自分が手にしているものよりも、他人が手にしているものがよく見えてしまうことがあります。

このように、自分にはない他人の幸せばかりを思っているとキリがありません。

常に満たされることがない気持ちになり、不満の感情に支配されてしまいます。

また、足るを知るということも幸せを感じる上で大切です。

「もっと贅沢をしたい」

「もっと上にいきたい」

「もっと稼ぎたい」

「もっと食べたい」

「もっと」「もっと」の感情は自分を成長させる側面を持っていますが、それに囚われ欲望に支配されると、「ないものねだり」に陥り、満足と言うものからどんどん遠ざかります。

正しい思いが幸せにつながる。

どのような思いでいる方が幸せになれるのかは、その時々によって変わります。

幸せな思いでいるために、特に大事なのが、「人や自分に対して思いやりを持つこと」「怒りの感情に支配されないこと」「欲望に支配されないこと」です。

正しい思いが、行動につながり、幸せにつながります。