正語(しょうご)-正しい言葉使い

言葉で人は救われる。

八正道は仏教の修行の全てが集約されている土台です。

その八正道の3番目の教えが正語です。

読んで字のごとく、正しい言葉使いです。

仏教は人々を幸せに導く教えです。

教えと言うものは言葉で出来ています。

言葉で人は救われ、また、言葉で人は傷つきます。

幸せに生きていくために言葉と言うものはとても重要になってきます。

言葉の使い方はその人を表します。

言葉には、その人の考えが映し出されます。

信用のおける人か、信用できない人か?

親切な人か、不親切な人か?

その人柄を判断するうえで、発する言葉がとても重要な判断材料になります。

人によって言葉の品性の捉え方が変わる

一般的に、上品で丁寧な言葉使いが良しとされていますが、住む世界によって、また人によっては親近感を感じないと思われることがあります。

人を見て法を説けといわれるように、多少くだけたものの言い方を求められることがありますが、大事なのは相手と自分との平和的な調和です。

そこを忘れて乱暴な言葉に心を奪われてしまうと、いざ上品で丁寧な言葉を発しようとしても難しくなる恐れがあります。

ここで大事なのは、心の清らかさを失わないことです。いつでも上品で丁寧な言葉を発することが出来る自分でいる方が、どこへ行っても受け入れてもらいやすくなります。

悪い言葉を避けるには

  • 嘘を付かない
  • 悪口を言わない
  • 相手を傷付けない。

の3つが大事になります。

正しい言葉とは、様々な人たちと平和な関係でいられる言葉ということになります。

真実をつたえることは相手を傷つける場合もあることを理解し、その言葉を発することが本当に相手と自分にとって良いことなのかも考えなければいけません。

汚い言葉を浴びせられても、平和的な解決を図る。

時には相手から心無い言葉を浴びせられることがあります。

ここで応戦しようと、こちらも心無い言葉で対応すると、相手との平和な関係はますます遠ざかります。

終わりの見えない口論に発展させることほど、お互いにとって不幸なことはありません。ここで大事なのは、口論に発展させないという姿勢です。

汚い言葉を浴びせられても、「相手を思いやる気持ち」を捨てずに平和的な解決を図るのが正語の道につながります。

言葉を大事にすることで自分を大事に出来る。

悪口、相手を傷付ける言葉、相手を騙す言葉を使っていると、自分の心が悪意に染まっていき、相手との争いを生むことにつながります。

自分が発する言葉は自分の心に影響をもたらします。正しい言葉を心掛けることで、優しい気持ちになれたり、前向きになれたりと良い結果をもたらします。

正語は、私たちが社会生活を営む上で、幸せに平和に暮らすために欠かすことのできないものです。