正業(しょうごう)-正しい行い

善い行いをする。

仏教における幸せになるための実践方法の最も土台となる教え

お釈迦様が最初に説いた涅槃に至るための8つの道が八正道です。

その八正道の4番目に正業があります。

読んで字のごとく、正しい行いをするという意味合いです。

善い行いは善い結果として返ってきて、悪い行いは悪い結果として返ってきます。

つまり悪い行いはやめて、善い行いをしましょう。

悪い行いを減らすための5つの心掛け

お釈迦様は、悪い行いを減らすための5つの心掛けを示されました。

それが五戒です。

不殺生戒 理由なく生き物を殺さないように心がけましょう。
不妄語戒 うそをつかないように心がけましょう。
不偸盗戒 盗みをしないことを心がけましょう。
不邪淫戒 みだらな性におぼれないように心がけましょう。
不飲酒戒 酒や麻薬などに溺れないように心がけましょう。

五戒を守るように心がけるだけで悪いことをするのが難しくなります。

五戒は出来る範囲で守る

そもそも、私たちは生き物の命を食して生きているので、生き物を殺さずに生きていくことは出来ません。

ただ、自分の楽しみで命を奪うことは善い結果を生みません。

お酒もその土地の文化などで飲まざる負えない時もあるでしょう。ただ、そこに溺れると理性を失い悪いことをしてしまう可能性が生まれます。

そういう意味で、出来る範囲で守り、悪事につながらないように心がけるものだと私は思っています。

五戒は、悪い行いを防ぐ基本となります。その基本を押さえた上で、その時々で善い行いと悪い行いを判断していかなくてはいけません。

それが、「他人に迷惑をかけない」という行動指針です。

他人に迷惑をかけると損をする。

私たちは、小さい時から「人様に迷惑をかけてはいけません」と教えられ、育てられてきました。

社会に出てからも、それは「みんなが安心して生活できるうえで必要なこと」とされ、そこから外れると、今度は自分が損をする仕組みになっています。

迷惑はお互い様

しかし、昨今のストレス社会の中では「迷惑をかけてもいいんだよ」とアドバイスをするカウンセラーもいます。

これは、五戒を100%守るのが出来ないことと同じで、100%他人に迷惑をかけずに生きていくことは不可能なので迷惑をかけるのはお互い様と言うことです。

他人に気を使いすぎて自分のささやかな要求すら出来ない人への言葉です。

迷惑をかけて逆に感謝をされたという人もいますが、それは迷惑ではありません。

「今まで我慢していたんだね」
「教えてくれるまで気付かなかったよ」
「教えてくれてありがとう」

の気持ちです。

最初は恐る恐るかけていた迷惑がどんどんエスカレートする。

もちろん、ブレーキがかかる人もいるだろうが、ブレーキがとれる人もいる。

すると、お互い様のバランスが崩れてしまいます。

お互い様のバランスが崩れるとどうなるのか?

迷惑という単語の意味を辞書で調べると、ある行為がもとで、不利益や不快感になることです。

自分が差し出す迷惑が他人が差し出す迷惑よりも大きく上回るとどうなるでしょう。

「恨まれる」「敵を作る」「仕返しをされる」「優しくされなくなる」につながります。

因果の法則

善い行いは善い結果で返ってきて、悪い行いは悪い結果で返ってくる因果の法則があります。

この法則は否定派と、肯定派に分かれます。

否定派の意見は、「悪い人を知っているけれど、報いを受けているところを見たことが無い」というものです。

それに対して肯定派の意見は、「自分勝手な人はいつか痛い目にあいます。ただ、その結果がいつ出るのかはあなたには分かりません」というものです。

そして、半分信じている人の意見は、「因果応報が本当にあるのかどうかは分からない。でも、信じなければ、何をやっても平気になってしまい、人の道を外すことになる」というものです。

迷惑をかけると人から優しくされなくなる。

確かに、迷惑をかけているのに、その報いを、この世で受けずに一生を過ごす人もいるように見えることがあります。

ただ、他人に大きく迷惑をかけた場合、かなりの確率で損をするように社会は出来ています。

人から幸せを奪い取り、一時的に自分が気持ち良くなる。気分が良くなることがあるでしょう。

しかし、迷惑をかけられた人は、気分が悪くなります。すると迷惑をかけられた方は、「許さない」「いつかきっと」と復讐心が芽生えることがあります。

すると、本当に助けてもらいたいときに助けてもらえなくなります。落ちぶれたときに「ざまあみろ」と思われるのです。

本来自分が受け取れるはずの他人からの優しさを受け取れなくなります。

まとめ

自分さえよければいいという考えでは社会から大きなしっぺ返しが来ることがあります。

そういう意味で正しい行いと言うものは、自分も他人も社会も全てが良い方向に向かうような行いを指しているのでしょう。