「あの時の失敗があるから今の俺がいる」過去の失敗を美化するのは心が軽くなるからである

成功したことだけが称賛される社会なんて嫌だ。

「成功したことだけが称賛される社会なんて嫌だ」といきなり、ひねくれたような主張から入りました(笑)。

なぜ私が今回このようなことを書こうかと思ったのは、私たちの周りでは成功したことだけが称賛される社会になっているような気がするんです。あくまでも主観ですげどね。

なので、失敗したら、「それ見たことか」と白い目で見られるのではないか?そんな恐怖に怯えちゃうんですよ。

そして、「どうせこんな風に人生に失敗したみじめなおっさんの話なんか誰も聞きたがらねぇだろ」と思いこんでしまうんです。

そして、変に自分を大きく見せようと、過去の話はとてもキラキラした武勇伝になるんです。

  • 「昔はやんちゃでブイブイ言わしてたんだよ」
  • 「あの時の失敗があるから今の自分がいるんだよ」
  • 「人よりも多くの苦労を味わってきた俺だから今を強く生きれるよ」

皆様の周りにこのようなことを言う人はいませんでしょうか?聞いてもいないのに一体何の目的があるの?と周囲は、「んっ?」と首を傾げる。

そして「これって美化してねぇか?」と勘ぐるのです。いったい何のためなのでしょうか?

「キラキラつけなきゃやってられない」自分の過去を美化する理由

  • 過去の自分を大きく見せることで優越感に浸りたい。
  • 過去の失敗(自分がしてきた人生の選択)を正当化したい。
  • 数多くの苦労を味わってきた自分の凄さを理解してもらいたい。

このような理由が考えられます。そして今回はその中でも、過去の失敗に対して美化する男性の心理について深く掘り下げてみたいと思います。

失敗したのは自分の実力不足。でも、そんな失敗にもキラキラしたものをつけなきゃやってられないという気持ち。

一見、そんなの反省してないだけじゃん?と思われるかもしれませんが、これはこれで人生を前向きに生きる上では大事なことだと思うのです。

その理由はこれから私が過去に出会ってきた「自分の過去を美化したがる男たち」の中でも、最も印象に残っている男をご紹介して、それから順を追って説明していきたいと思います。最後までお付き合いをお願いしますね。

「ラーメンで天下を取る」と言った男

3年前、同じ職場で働いていた天下君(仮名)の話です。天下君は子供時代からの「独立して社長になる」と言う夢をかなえるべくラーメン屋を開業することになりました。

職場を離れる時、彼が言った言葉が今でも忘れられません。それは・・・

「俺は10年後にラーメンで天下を取るんだよ」

彼のビッグマウスに私は、心の中で、「おかしなことを言う奴だな」と思いつつ、「へぇ~~そうなんだ」と返しました。

その後、1回だけ食べに行きましたが、彼には会うこともなく月日が経ちました。そして、いつの間にか彼はラーメン屋をやめてしまいました

彼はどうしているんだろう?

彼のその後が気になっていました。そんな彼と町で偶然会うことが出来ました。

「ま・・・まさか熊さん?」

久しぶりの再会に目を輝かせる天下君。

「そのまさかや」と返す私。

話を聞くと、天下君はラーメン屋をたたんで、今は派遣の仕事をしているそうです。おそらく儲からなかったんでしょう。商売がうまくいかなかったんでしょう。

「もっと彼から話を聞きたい」と思い、彼をお茶に誘いました。ショッピングモールの喫茶店に入り、私はわざと意地悪な質問を投げかけました。

「そういえばラーメンで天下を取るって話はどうなったの?」と。

すると彼はこのように言いました。

「味で勝負できる時代は終わったよ」

「熊さんも食べに来てくれた時、『美味しい』って言ってくれただろ?でも美味しいだけで成功できる甘い世界じゃないんだな」

「いくら旨いものを作っても、今はそれ以外の要素(場所・従業員の質・地域制・宣伝・時代の流れ)とかが複雑に絡み合って初めて成功するんだよ」

「まぁ、俺も最初は『食べたら分かる』と思って商売したのは考えが甘かったけどね」

どんどん出てくる彼の「美味しいけれど失敗した」と言う話にくぎ付けになりました。もっと聞きたい。そう思い「へぇ~、ふんふん、それで?」と話を引き出しました。

あの時の失敗があるから今の自分がいる

彼はさらに目をキラキラさせながらこのように話してくれました。

「下手に成功してたら自分は駄目になってたと思う」

「お客さんはみんな、『旨い』って言ってくれたけれど、旨いだけで成功するには時間がかかりすぎると感じたよ」

「確かに何年もやれば、その地域で認められる店にはなれると思うけれど、俺が求めているのってあくまでも「天下」だし」

「でも、苦労して一つの店を成功させたとしても、その苦労した年数分、達成感というもので満足してしまって、そこで自分は終わるんじゃないか?と思ったよ」

「今の時代、新しいラーメン店は10件中9件が一年以内につぶれるから、一つの店を成功させるのも凄いことだから

私は、「へぇ~なるほど」と聞きほれました。さらに彼は話を続けました。

「結局失敗したことには変わりはないんだけど、自分を見つめなおすいいきっかけになったと思うよ」

「時代が悪かったと言っても、その時代を見極められなかった俺の方が悪かったと今では思っているよ」

そして最後の決め台詞はやはり:::

「あの時の失敗があるから今の俺があるんだよな」でした。

成功談よりも失敗談にひきつけられる。

いかがでしたでしょうか?私は、すごい男だと思いました。何がすごいかと言うと、ここまで過去を美化する男は初めてだからです。

どんどん出てくる彼の失敗をも武勇伝にする話に聞き入ってしまいました。どこまで失敗談にキラキラを付けるのだろうと思いました。

私が彼に感じたことは?

「なんだかんだ言っても結局失敗したんだよね?」です。

でも、ついつい聞き入ってしまった私。人って意外と誰かが成功した話よりも失敗した話に引き付けられると思います。

状況によって「それもありかな?」と思うこと。

そんな失敗した話でも、大きく分けて2つに分かれると思います。

  1. 自分の実力不足による失敗
  2. 自分以外の原因での失敗

基本、私が誰かから失敗談を聞いた時に2番目の自分以外の原因を語られたら、あまりいい印象を持たないことの方が多いです。

そこには反省もなにも感じられないからです。むしろ現実から逃げているようにも思えるからです。

しかし、状況によってはそれもありかな?と感じています。それは、その職場を離れたときです。

現在進行形で、その職場にいる立場で失敗を美化して、「世の中が悪い」「運が悪い」というのと、過去の職場に対して美化するのとでは聞いていて印象が変わります。

なぜなら、その人は土俵を降りた人です。もう幕は下りたのです。今更悔やんでも、その仕事はもとに戻ってこないからです。

「あの時こうしておけばよかった」と悔やんでも、その仕事は取り戻せません。そんな人の失敗談にキラキラ付ける気持ちは男として理解出来ます。

自分の過去を価値あるものとして認めたい。過去をキラキラしたものとして持っておきたい。そんな気持ちが理解できます。

なので私は温かい目で、気持ちよく彼の話を聞くことが出来ました。というよりも聞き入ってしまいいました。なぜなら・・・

美化された失敗談には意外と気づきがある。

自分の実力不足よりも、世の中の状況というものによって失敗したという話。単純に「実は、僕の力不足なんです」で話が終わるよりも、いろいろなことが見えてきます。

「味で勝負できる時代は終わった」

「旨いもの出せば客が来るなんて考えは甘い」

そんな彼の言葉からは商売の厳しさを感じることが出来ました。彼の話を聞くことで、自分は安全な立ち位置から、なんの痛い目も遭わずに世の中の厳しさを実感できたのです。

つまり、その話はする方もされる方にも効用があるのです。そして、成功した話が称賛される世の中で、みんながみんな成功した話を聞きたいわけではありません。

失敗した話も意外と人をひきつけます。そういう意味では、過去にとんでもない失敗をしたけど、その教訓で今の成功がある的な話は最強でしょうね。

失敗談を聞きたい人にも、成功談を聞きたい人にも、両方をひきつけそうです。

偉人レベルは失敗すら概念にない

失敗を繰り返して成功したという話で私がまっさきに思い浮かぶのは、世界の発明家トーマス・エジソンです。

私たちの子供の頃って先生はエジソンの話をする人が多かったような。多分今でもそうなんでしょうけど。

電球を発明するのに2万回あれこれ試して失敗?してやっと成功したって話。努力を重ねることの大切さを子供に教えるにはとてもいいお話。

でもエジソンにとっては、「2万回の実験は失敗じゃなかった」と語ってたんですよね。

失敗じゃなくて発見だって。

これってすごいセリフですよね。私だったら、2万回も失敗しちゃったよ~って話するけど、っていうかそんな努力できないけど。

エジソンにとってはそれは失敗ではなく、「あっこの材料でも光らなかった」という発見なんですよね。

いや~~しびれますね。もう、このレベルになると開いた口がふさがらないというか、世界の発明王には失敗すら概念にないのかな?毎日が発見。素晴らしいです。

「あの時の失敗があるから今の俺がいる」の効能とは?

エジソンの例を出しましたが、これは極端な例で、職場で、このように「失敗じゃなく発見だよ」と言うと「あほか?」と思われるでしょう。

私は何も失敗から逃げろと言っているわけではありません。職場では、失敗したら反省して次につなげる努力が必要だと思います。

しかし、私が今回言いたい状況というのは、過去の職場での失敗談です。これには多少のキラキラをつけても許してあげたくなるんです。

なぜなら、「自分が悪い」「自分は駄目な奴だ」と落ち込みすぎてしまうことが考えられるからです。

反省は大事だというけれど、反省してもその仕事はもう戻ってこない過去の仕事です。大事なのは現在進行形の仕事です。

過去の仕事での失敗を引きずるよりは、そんな失敗でもメダルのように掲げて、「はぃ、次行ってみよう~」と前向きに考えた方が良いでしょう。

「あの時の失敗があるから今の俺がいる」なんだそれ?と聞く方は思いがちですが、これはこれで、心を軽くして前向きに生きていける効能があるんですよ。