姉に父親の財産を持ち逃げされ人生の苦労を味わった女性に教わった心の持ち方とは?

「毎日こんなに忙しいんですか?」と新人に弱音を吐かれる

食品スーパーに勤めています。

実は私、お客様が「すっ」と息を吸い込んだ瞬間・・・

「あっ来る」と思うのです。90%の確率でそれはくるのです。それは「すみません」から始まる様々な問い合わせです。

もちろんこのようなことを考えているということは、お客様に知られてはいけない不都合な店員の感情です。「すみません・・・」から始まる問い合わせがあるのも仕事のうちですから。

毎日こんなに忙しいんですか?

人の入れ替わりが激しい激務の安売り業界。安さこそが絶対の正義の空気が漂い、人件費を究極に切り詰めたオペレーションが求められる世界です。

新しいアルバイトが入ってきても、想像以上の忙しさに「毎日こんなに忙しいんですか?」と弱音を吐かれ、消えるように辞められてしまいます。

人件費削減による忙しさについて
体が千切れそうなほどの忙しさを感じているのに、ネット上を見ると「忙しい」と言うことについて批判的な記事ばかり。例えばこのような考えです。

「忙しいと言うやつは仕事ができない」

確かに「忙しい」と口に出す人の中にはそう言う人もいるでしょうが、自分はそうだと認めたくないのです。本物の忙しさであり、人員不足で、売り場がガタガタになっているけれど、どうしようもないお手上げ状態の地獄絵図だからとしか思えないのです。

しかし、逃げるわけにはいかないのです。この苦労になんの意味があるのか?人生を苦労で消耗していないか?苦労で消耗する人生ではたしていいのか?

答えを見つけようと、もがきながらも答えにたどり着けないもどかしさがあります。そんな日常の中、昔うちでパートをしていた方の家に遊びに行くことになりました。

すごいごちそうを用意してくれました。

「残しても仕方がないから全部たべてや」

この元パートさんは息子さんも娘さんも独立して今は一人暮らしです。老後は息子さん夫婦と一緒に暮らしたいと言うことで、数年前に買った家はとにかく立派です。

かつて母子家庭で息子さんと娘さんを、苦労しながら育てたということを聞いていた私は・・・

こんな立派な家を女性の力でなんで?と思いました。

家の内装や置いているものを見ると、「あれっ!この人なんでこんなにお金を持っているのだろう?」と思うほど立派なのです。

聞くところによると若い頃はずっとお金がないことで苦労をしたそうです。実の姉に父親の遺産相続の時にこんなことを言われたそうです。

「あんたさえいなければ・・・」

父親が亡くなった後、財産を黙って独り占めにしようと金目のものはすべて持ち去った姉。しかし、家だけは妹にも権利があると言うことで独り占めが出来なかったことで、その不満を妹にぶつけたのです。

そうして自分だけが幸せになろうとした姉はその後・・・この続きの話は1年前にスポットライトで投稿させて頂いたことがあります。

なんだか後味が悪いような、それでいて一粒の救いがあるような話しなのですが、興味がある方は・・・

妹に「あんたさえいなければ」と言った姉のその後 ←クリックすると記事にビューンです。

結果として姉はもうこの世にいないのですが・・・

姉のマンションにあった大きな先祖代々の仏壇は妹が持ち帰り、毎日手を合わせているそうです。そして問題の、どうしてこの元パートさんはこんなにも金をもっているのか?それは・・・

苦労をさせられた分守られる。

「その代わり守られていると思うけどね」

元パートさんには姉のほかに、親の兄弟の子供である従姉妹が3人いるのですが3人とも独身で、しかも3人ともかつて大手企業に何十年も勤めあげたそうで、退職金やらなにやらでかなりお金を持っています。

しかし、この3人の従姉妹は高齢で次々に病気になり、病院に行く時に元パートさんに頼ってきています。

若くてお金を稼いだころと違って高齢になり寂しくなってきたのでしょう

毎日のように色々と電話をしてくる従姉妹。そのたびに病院に付いて行ってあげたりと世話を焼いてあげています。

このように話しをすると、もしかしてお金は従姉妹から?と思いがちですが、お金は一切受け取っていません。

お金は老後に買った不動産が次々に値上がりしていき、売っては買い、そして売っては買いで全てが順調に行っているからです。そのことについて元パートさんは・・・

「姉や従姉妹に振り回されてきたけれど、なにか大きなものに守られている様な気がする」

と私に言いました。その視線の先には大きな仏壇がありました。大きなもの、それはご先祖様のことでしょう。

私はそういったことはあまり信じないのですが、気持ちの上ではそういったものに手を合わすことも必要かなとは思ってはいます。

「守られている・・・そうかも知れないな」

忙しい。忙しい。あっちからこっちから、あれこれ言われて「今それどころじゃないのに」とイライラばかりする私。

そんな時はなにもかも捨てて逃げ出したい。でもそんなことなんてできない。「あーーーついてない。ついてない」毎日何回も「ついてない」と言っています。

でも、このついていない人生は本当についていないのか?何かの意味があると思いたい私がいます

何かで納得をしたいのです。「あーー忙しい」・・・でも守られている。苦労に苦労を重ねても、それをしっかり受け入れることで何かに守られる。

また一つ気が休まることのできる一つのヒントが私に与えられた。そんな気がするあの日のことでした。

忙しさを苦労と捉えるならば・・・

忙しい職場ならではの「あー私は守られている」という感情とは?

あの日、元パートさんから「苦労を重ねた方が守られる」ということをヒントに自分の職場の忙しさについて考えてみました。

すると、「守られている。どう考えても守られている」と思いました。忙しさが限界のピークになると、なんとなく肌に合わないなと思う従業員とも、力を合わせなければいけない究極に追い詰められた状態になります。

つまり、一体感のようなものの中で守られます。

人生における苦労は人それぞれです。苦労せずに幸せになりたい。そう人は思いがちですが、なかなか苦労からは逃れられない現実があります。

そんな時は「何かに守られている」そう思うことも気を休める意味で良いのではないでしょうか?

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