負けそうになった時は一緒に戦った人の顔を思い出すことであと一歩頑張れる

卒業シーズンです。

食品スーパーに勤めています。毎年の事ですが、3月は大学を卒業して社会人になるアルバイトが辞めていきます。私は、何年も一緒に働いてくれたアルバイトを社会に送り出す立場として、寂しさと期待で胸がいっぱいになります。

学生時代のアルバイトの経験は大きな思い出として残ると思うからです。

私も学生時代、新聞奨学生として新聞社から奨学金をもらいながら住み込みで働いたことがあります。今でも夢に出てくるほど、大きな思い出として残っています。そして先日も大学生アルバイトの一人が最後のアルバイトの日を迎えました。

どんなことでも最後の日というものは特別な感情が生まれると思います。

それは、アルバイトの彼だけでなく、送り出す私達もなんです。私は「最後、一日頑張ろう」と声をかけました。こんな声をかけなくても頑張ってくれることは知っています。なぜなら最後という特別な日なのですから。

しかし、声をかけるのは「最後まで、しっかりと君の事を見ているよ」という意味を込めているのです。だから、当然のように彼はテキパキと動きました。

最後の日を楽しむように働くアルバイト

いつも以上に、彼は生き生きとした動きを見せました。

最後にいいところを見せて終りたいそれが男というものです。その辺が分かっていて私は言いました。「よし、最後にいいところを見せようなー」彼はニッコリ笑って「分かりました」爽やかです。

そして彼の最後の勤務時間が終わり、事務所で話をしました。卒業したら、大手の家電量販店で勤めるそうです。誰もが知っている規模の大きな会社です。「しばらくしたら、買わないクセにマッサージチェアに座りこむ客としていくからな」私の冗談に彼は「ははは・・・お待ちしています」

「ははは・・・冗談。でも、今ウインドウズビスタのパソコン使ってるけど、グーグルクロームがサポートされなくなりましたって表示が画面にでてるから、買いにいくかも知れないよ」そんな話をしました。

彼はうちの店に3年いました。

「3年間、何か勉強になった?」と勉強になったことは分かってるけどわざと私は聞きました。

「びっくりするほど色んなお客さんに出会えてよかったです」

「そうやなー、○○君がいく○○電気にも役立ちそうやな」

そして私は昔自分がお世話になった人に言われて嬉しかった言葉を彼に言いました。

若いころに言ってもらえた言葉を今は私が言う立場

「社会に出たらいろいろあると思うけど、負けそうになったら俺達の顔を思い出してほしい。○○君には負けずに頑張ってほしい。○○君が負けると言うことは一緒に頑張ってきた俺達が負けると言うことなんだから」

彼は笑顔であいさつして帰りました。

彼が立ち去った事務所。奥の長机を見るとお菓子の箱が置かれてありました。彼が置いて帰ったものでした。見ると、それに手紙が貼ってありました。

手紙の内容は・・・・

「3年間、ここで働かせていただき有難うございました。皆様には本当にお世話になりました。初めてのアルバイトでご迷惑をおかけしたと思いますが温かいご指導があり、なんとか卒業まで働かせてもらうことが出来ました。ここで学んだことを4月から生かしていきます。どうぞ、皆様で食べてください」

私は思いました。「字がきたねーな」・・・失礼(汗)でも、「味な真似をしやがるな」と。

学生時代のアルバイト最後の日は、彼にとってまちがいなく特別な日です。  そして、社会に送り出す私達にとっても特別な日です。

なぜなら、心に様々な思いがわき起こるからです。かつて自分も経験をした学生時代にお世話になった職場とのお別れの場面。それが脳裏に甦り、万感胸にせまるのです。

私が学生時代、住み込みをしていた新聞配達所。そこでの送別会の時に店長に言われた言葉は今でも心に残っています。その言葉とは・・・

「お前が負けると言うことは、俺達が負けると言うことだ」

この言葉は本当に嬉しかったです。自分を認めてくれたという気持ち。これから社会に出ていく不安でいっぱいの私を勇気付けてくれたのです、温かい気持ちを頂いて社会に出ることが出来ました。

それは40歳を過ぎた今でも、夢に出てくるほどのいい職場でした。彼も、そうなるのかな?そういう思いがあるから、かつて自分がかけられた言葉と同じ言葉をかけたのです。人生でくじけそうな時は私達が期待していることを、思い出して欲しいという気持ちがあるからです。