次から次に余計な仕事が舞い込んでうんざりする時は、なるようになると素直に思うしかない

自分がやるべき仕事が前に進まない(涙)

今回のお話は「次から次に余計な仕事が舞い込んでうんざりする」についてです。いろいろとツッコミ所のある気持ちですよね。

そもそも仕事なんだから、余計なことなんてないし、それを面倒くさいなんて、けしからんって声が聞こえてきそうですが、最後までお付き合いくださいね。

実はこの問題って、結構多くの人が頭を抱えているんじゃないでしょうか?世の中には時間通りきっちり、やりやすい仕事もあれば、そうでない仕事もあるんですよね。

「はぃ、今日はこの時間からこの時間まで、お疲れさん」なぁんて帰れるような仕事もあれば、予測不可能な仕事がいろいろ舞い込んで、本来自分がやるべき仕事が時間通りには終わらないっていうこと。

この解決法って結構難しい問題なんですよ。特にサービス業っていうのは、お客様あっての商売だから、自分が抱えている仕事なんてものは後回しにして、まずはお客様なんですよ。

これは、この仕事だから仕方がないって言えばそれまでなんですが、自分のペースで仕事が出来ないっていうストレスは結構頭の痛い問題なんです。

なので、今回は私と同じように、「次から次に仕事がどんどん入ってきて、終わらない」って嘆いている人が少しでも楽になれるようにと言う気持ちで、お話したいと思うんです。

お客様が多ければ多いほど振り回される(涙)

私が勤めている食品スーパーはね、地域でも評判の安売りのお店なんですよ。

すんごいお客様の数、週末なんて酔いそうになるほどのお祭り騒ぎ。荷さばきをするのも、人をかき分けて、かき分けてやっと売り場にたどり着くっていう状態なんです。

しかも、次から次へ、クレームだとか、問い合わせだとか、気が休まらない状態で、そんな時に思うのが・・・・・

次から次へと、も~~~う、まったく~~って気持ちなんです。

それが仕事なんだから仕方がないって言うのは、分かってはいるんですよ。分かっちゃいるけれど、このストレスは半端なく私を苦しめるんです。

なんで、こんな忙しい仕事を選んでしまったのか?と自分を恨む日々

仕事だから仕方がないって言うのはまったくその通り。でも、隣の芝生はよく見えるんです。さっきも閉店前の家の近所のスーパーに行ってきたんだけど、閉店前で、ガラ~~~ンとしてるわけ。

お客さんは私とほんの数人。レジにはだ~~れも並んでいない。誰も並んでいないレジにパートさんが二人で、世間話をしている。

私がいる店では考えられないんですよね。うちの店では、閉店前でもがんがんお客様がレジに並んで、閉店前の駆け込み買いのお客様であふれかえっているの。

他人の仕事が暇そうに見える(涙)

もちろん、他のスーパーで働いたことはないから分からないけれど、どうも納得いかないんですよね。

あと、近所に出来たちょっぴり高級志向のスーパーなんか、休日でも何だかゆったりとした空気があるのね。豆腐だとか焼きそばの麺だとか、うちの店の倍の価格なんだけど、その分お客様も少なくて優雅な感じ。

じゃあそっちに転職すれば?って言う声が聞こえてきそうだけど、40を超えるとね、なかなか動けないものなんですよ。明らかに転職に不利だからね。

暇すぎるのも忙しすぎるのも問題。

たま~~に、「俺のところ暇なんだよ」ってぼやく人に出会うんだけど、特に飲食やっている人に多いね。

そんな時は、「うわ~~代わってよ」って思っちゃうんです。でも、暇なのは暇なりの大変さもあるんでしょうね。

  • 時間が長く感じるとか
  • 暇な分、収入が少なくなって生活がピンチになるとか。

そう考えると、暇なのも忙しいのも、どっちも大変なんだけど、ちょうどいい感じの忙しさが欲しいんですよね。かなりハードルが高いってことは分かっていますけど。

それにしても、この次から次へのうんざり感は半端ない。

毎日の納品を捌いたり、売り場の管理だとか最低限ここまではやらなきゃ帰れないって言うのがあるんだけど、それ以外の仕事が次から次にきて手が回らなくなるんですよね。

まぁ、それで給料をもらっているっていう意味では仕方がないんですけど、この続くときは続くって言うか、クレームもそうだし、落し物の問い合わせだとか、自分がやるべき仕事が前に進まない無力感ね。

なぜ余計な仕事に思えるのか?

クレームと言えばコールセンターの人って大変そうに見えるけど、ああいう人はね、クレーム専門でやっているわけ。納得のもとでやっているんだね。

まぁ、あの仕事は大変だとは思うけれど、私たちって、クレーム専門じゃないから、「余計な仕事」に思えるんですよ。

巷でよく聞く「クレームはお客様からのラブレター」だとか、そんな優雅なことを言ってられないの。そりゃあ私だってしっかり時間をかけて、対応したいですよ。

でも、クレームでお客様の家を往復で1時間。その間にやるべき仕事が山積みになってて、だからと言って、人件費は限られているしで大パニックなんですよね

一人で何役もこなすことで生じるストレス

つまり、どんなに大変そうな仕事でも分業化されていれば、それだけに集中できるから従業員のストレスは緩和出来るんです。

でも、町の小さなスーパーでは、一人で何役もこなさないといけないから、一つ一つの仕事に一日中集中するっていう感じじゃなく、「ハイ次、ハイ次」って感じで時間が流れるんですよ。

だから、自分の頭の中で、「午前中はこれをやって、この時間までにこれを終わらせて、それからあっちをやり始めて・・・・」って段取りを考えてるわけね。

でも、サービス業っていうのは時間が読みにくいんですよ。横からいろんな仕事は入ってくるわけ。

予測不可能なのは仕方がない

クレームだとか、問い合わせだとか、もうそれはひっきりなしで、続くときは続きまくって、自分がやりたい仕事は、な~~んにも前に進まないって状態。

予想不可能。それでお給料もらっているんだから仕方がないのは分かるんですよ。横から入ってくる仕事も余計な仕事ではないことも。余計だと思うのは私が未熟だからですよ

で、今回は、そんな「次から次に余計な仕事ばっかり入ってきてうんざり」なぁんて悩みを持つ人の少しでも救いになるように私なりの考えをまとめたんです。

はぁ~~~、長い前ふりだった、ふぅ~~。

神様は人に耐えられない試練は与えないって話

よく、誰かが「私の人生ってどうしてこんなに不幸な出来事ばかりが続くの?」って嘆いた時に、よくかけられる言葉がこれですよね。

神様は人に耐えられない試練は与えない」

って誰が言ったんでしょうね。いや、分かってはいるんですよ。自分の目の前の状況にうんざりしている人には、響かないことも多いってこと。

だって、それに耐えられずに、うつ病になって休職して、そのまま消えるように辞めちゃった同僚も何人か見ているんですよ。

それに、私の周囲ではまだないけれど、よくニュースとかでやっていますよね。忙しいのが限界に達した職場では時には命を落とすこともあるんだって。怖いですよね。

だから思うんですよね、「神様は人に耐えられない試練は与えない」は嘘じゃないかって。でも、だからと言ってこの言葉を否定するつもりはないんです。

人は言葉によって救われるってこともあるんでね。そういう意味では、この言葉ってお守り代わりにはなるんです。

「あ~~きっと耐えられるんだ」って言う気持ちで前向きになれるっていうね。それともう一つ似たような感じで、よくかけられる言葉があるんです。それは・・・

なるようになる

まぁ、これも誰が言ったんでしょうね。これも厳密には嘘だと思うんですよ。なるようにならないってこともあるわけで、でもなるようになることもあるから・・・

半分は本当で半分は嘘という何とも言えない立ち位置にいる言葉なんですよ。

でも、これも理屈抜きに「しまっていこうぜ~~」っていう野球のかけ声みたいなもので、まぁ前向きになれることがあるんですよね。

ただし、素直になれればの話だけど。なるようにならないこともある」ってかたくなに思うのではなく、流れに身を任せるってイメージね。

どんぶらこと流れる桃のようなイメージ。その川の流れがゆったりしたときもあれば激流の時もあるっていう、それでも流れるままに流れてそれでいいって言う話ね。

そんなことに腹を立てても仕方がないってこと。流れているんだから。

忙しい時もあれば落ち着いた時もあるさ

それと、今書いていて思ったんだけど、流れっていうのはゆったりしているときもあれば激流の時もあるっていう話ね。

つまり、これは人生はやったりした流れの時もあれば激流の時もあるってこと。ここで議題にあげているのは、次から次に舞い込んでくる仕事っていうのが激流なわけ。

次から次に仕事が舞い込んでくるって言う時って、なんなんだこれは?どうしてこんなに余計なことばかり続くんだって、むっか~~~ってしがちなんだけど、そういう激流もしばらくすると、落ち着くんですよね。

す~~~~っと何事もなく仕事が前に進む、気持ちの良い流れって言う時もあるもんなんです。

人生という長いスパンで見る

さいころの法則って名前だったかな?はっきりと覚えてないけど、さいころって振る回数が多ければ多いほど、同じ目が出る確率は6分の1に近づくっていうあれね。

まぁ、これも全ての職業に当てはめるのは難しいこともありますよ。忙しいさいころの目ばっかりの職場もあるだろうし。

でも、人生っていう長いスパンで見ると、激流もゆったりした流れも割とサイコロの目のように半々になるように思う時があるんですよ。

そう思えないのはあまりにも激流の時期が長いから。でも、その期間が長ければ長いほど、その分、ゆったりした流れも経験も出来るんですよ。

それが実感できるのは、仕事からふっと離れたときですね。まぁ、それすらないって言う人は転職も視野に入れてもいいと思うけど。

9回以上転職した私が思うには、たいていの場合は人生を長い目で見れば、ゆったりした時間は平等にあるんですよね。

言葉一つで人は楽になる。

そうは言っても、目の前に次から次に仕事が山積みになっている様にうんざりしますよね。こんなことを書いている私でも毎日がうんざりです。

なので、私はうんざりを乗り越えたマスターではないんですよ。現在進行形の論者ですから。だから、こういったことに特効薬がないことは痛いほど知っているんです。

でも、特効薬とは言えなくても、ほんの少しでも痛みが和らぐような薬になればと思っているんです。それが、この言葉なんです。

  • 「神様は人に耐えられない試練は与えない」
  • 「なるようになる」
  • 「人生は激流の時もゆったりした流れの時も平等にある」

嘘コケ~デマこいてんじゃねぇて思われがちな言葉なんだけど、本当にそうなることもあるから、半分嘘で、半分は本当なわけ。

それよりも言葉の持つ力で救われた方がいいって話。とくに私は「なるようになる」って言う言葉がすきですね。シンプルでいいです。

昔からいろんな人が使っている言葉で、実勢もあるしね。それに、忙しい職場っていうのは何事もなくスムーズにいくことって少ないんですよね。

次から次にいろいろなことが起きて、それで当たり前

どっちかと言うと、何事かがあるのが普通っていう感じで。しかも山盛りで。

でも、それに腹を立てている時って、「何事もないのが普通」って思いたがっているときなんですよね。この考えを「何事かかあって普通」に変えるのは大変なんだけど。それを乗り越えて楽になれると思うんです。

乗り越えられていない時って言うのは、素直にそれが認められないから何で、ストレスでやられちゃうんですよね。

もちろん、世間がいうところのブラックな働き方はよくありませんが、サービス業は自分の都合で時間通りに進まないのは普通にあることなんです。

予想不可能。自分のペースが崩れる。そりゃあお客様が多いんだから、そうなって当然。あとはいかに「なるようになる」っていう心境に自分を持って行くかですよね。

そう言っている自分も、毎日がうんざりですけど。とっても大変ですけど、「なるようになる」で頑張っていきましょうね。

コメントの入力は終了しました。