「もちろん出勤扱いでしょうね?」と上司に当然の権利を主張する同僚に感謝する理由

「えっなに!俺に『手伝え』って言ってるの?」

食品スーパーに勤めています。以前に、同僚が担当している仕事の量が多く手が回っていないことを心配した私は、上司に「○○さんのところが手が回っていません」と相談をしたことがあります。その時、上司は不機嫌な表情で・・・

「えっ!なに俺に『手伝え』って言ってるの?」と返してきました、それに対して私は「そうですね、手伝ってもらわないと、多分あの人の仕事は終わらないと思います」と返し、上司はしぶしぶ同僚の仕事を手伝ってはくれました。しかし、私の心の中に・・・

「なんだかこの人には、お願いしにくいな」と言う気持ちが生まれました。

ちなみに、私はアルバイトさんに、普段とは違う仕事をお願いした時に、「え?」と不機嫌な顔をされたこともあります。そんなことを思い出すと・・・

上司であろうと部下であろうと、「えっ?」と不機嫌な表情で返されると、次になにかをお願いしようとしても、また嫌な顔をされるんじゃないかと心のブレーキがかかります。

今回の話は、そのような「こんなことをお願いしたら嫌な顔されるかも?」と思い、言いたいことを我慢してしまう私と同じ悩みを持つ人の参考になれればと思います。
同僚の女性社員が、店長から煙たがられています。原因は他の社員が遠慮をしてなかなか言い出せない社員としての当然の権利を主張するからです。

同僚の女性社員について店長は「自分の権利ばかり主張するんなら、こんな仕事しなきゃいいのに」と私に愚痴りました。

店長が愚痴った理由は・・・

食品スーパーには様々な出入りのメーカーさんがいます。そのメーカーさんの付き合いというものがあり、私達は、時折、商品説明会などに招待されることがあります。

そして、会社からの指示で各店1名ずつ参加をすることが暗黙の了解のようになっています。

表向きは強制ではありません。しかし、ほぼ全店は空気を読んで参加をしています。そして、任意での参加のため、ほとんどの社員は公休を利用して参加をしています。

ちなみに、付き合いでの参加なので、顔を出したら、それほど長い時間いなくてもそこそこの時間(1時間か2時間ぐらい)で帰っても大丈夫です。

それに、ワインのセミナーならベロベロになるまで、普段買わないようなそこそこ高価なワインを試飲できたり、商品試食会では、美味しいものを食べて、お土産ももらえたりと行けば楽しい面もあります。

しかし、公休扱いなのはどうかな?と正直な気持ちはあります。 

そんな商品説明会に、店長は同僚女性へ参加をお願いしました。すると彼女は、「当然出勤扱いなんでしょうね?それと交通費はきちんと出るんでしょうね?」と返しました。

店長はそのことで私に愚痴を言ってきました。「あんなことを言う社員は他の店にはいない。空気読めないんかな?」と。

ちなみに、結局彼女の意見が通り、半日の出勤扱いの交通費も小口から出すと言う形になりました。店長は「あんな奴。他の店に早く異動になってくれないかな?」と言ってたのですが私は心の中で思いました。

「あの個性は絶対に組織の中では必要だ」と。なぜなら・・・

遠慮の美学に心を支配されがちな私

「ちきしょー、でも店長には言いにくいよな」

組織の中では上司に言いたいことを言える存在というものは貴重だと思うからです。今まで9回以上転職をしてきて思うことは、働く上での当然の権利をなんの遠慮もなく主張する人はどこの職場にも一定数いるものですが・・・

その絶対数が少ないのです。みんな嫌われたくありません。自分勝手な奴と思われたくないのでしょう。だから我慢するのです。だからブラック企業に骨をうずめる人が多いのでしょう。

嫌われる勇気と言うタイトルの本が人気になったそうですが、そう簡単にそんな勇気は手に入りません。ということは・・・

その勇気が手に入らないのなら、すでにその勇気を手に入れている人を大事にしたいと思います。 

そしてそのおこぼれを頂戴したいと、まるでハイエナの様に狙っています。ここまで書くとどっちが自分勝手な奴か分からなくなってきます。

というよりもハイエナの様におこぼれを狙っている私の方が自分勝手な奴だと思ってきました(汗)

私は店長に対して大きな不満を抱えていました。それは、私の休みの日にいっぱい仕事を残してくれることです。

本人の目の前では言えないことですが、腹が立ちます。もちろん店長に対して私がしている仕事を全部してくれと言っている訳ではありません。

最低限これぐらいはと思うことが出来ていません。しかし、言いにくいのです。そんな気持ちを彼女に聞いて貰いました。すると・・・

「そこは遠慮せずに言うべきだと思うよ」

「そこは遠慮せずに言うべきだと思うよ」「だって、熊さんは休みなんでしょ?そしたら熊さんの代わりに店長がするのが当然でしょ?そらまぁ、何もかも全部をやれと言うのは無茶な話しだけど、これとこれはと言う最低限これだけはしておかないと次の日大変なことになる部分は言うのは当然でしょ?」

私 「でも、店長にそんな事言ったら嫌な顔されそうで?」

彼女 「いや、逆に言わなきゃ駄目。だって店のことを思って言っていることなんだから。それで嫌な顔するんだったら上司失格だし・・・」

私 「大丈夫ですかね?」

彼女 「もし、店長が嫌な顔してきたら私に言ってきてくれる?即、抗議するから」

結局その日は、店長は早番で帰っていたので、これだけはしといて下さいという書き置きをして帰りました。

「それぐらいは言ってもいい」・・・まぁ、確かにそうだよな

言うべきことに遠慮をするべきではないと背中を押された私

こんなことを言ったら嫌な顔をされるんじゃないか?という恐怖がある中でも、きちんと理にかなったこと。こう言う理由だからときちんと説明出来るのなら言うべきでしょう。

その意見が個人の自分勝手な意見ではなく、店のことを思っての意見なら遠慮をする必要はないと、心の中では分かっています。

しかし、遠慮の美学に支配された心が言うことにブレーキをかけます。そんな時は「そこは遠慮せずに言うべきだと思うよ」というシンプルな言葉が・・・

言うべきことを言えないと苦しんでいる人の背中を優しく置いてくれます。そして、この何気ない日常会話的な言葉が、とてもいい言葉だと感じてきました。

黙っていたら職場は良くならない

こんな事を言ったら上司に嫌な顔をされる。

確かに上司も人間なんだからそういうことも現実にあると思います。だからといって何でもかんでも言いたいことをこらえるのは問題があります。

同僚女性がメーカーの試食会への参加をお願いされた時、「もちろん出勤扱いでしょうね?交通費は出るんでしょうね?」と言ったのは労働者としての当然の権利です。

しかし、自分勝手な奴と思われたくなくて言えない人が多くいます。私の休みの日には最低限やってもらいたいことでも、「もしかしたら嫌な顔をするんじゃないか?」と思って言うのを我慢してしまうのです。

「それぐらいは言うべきだ」

自分もそう分かってはいるのですが、もう一つの心の感情である遠慮が邪魔をします。そういう時は・・・

一人で悩まずに誰かに相談するのです。

遠慮の美学に支配された心では自分の心の中で「言うべきだ。言うべきだ」と繰り返し言い聞かせても、自分の背中を押すのには力が足りないでしょう。

「それぐらいは言うべきだ」と自分一人で思っているよりも自分とは違う誰かに言ってもらう方が、より強く行動に移せるものです。

この記事を読まれている方の中には私と同じ言いたいことを言えずに苦しんでいる方がきっといると思います。

そんな方でも周囲を探せばきっと私の同僚のように言いたいことを言えるタイプの人がいると思います。私からのささやかなアドバイスは、そういう人は大事にしたほうがいいと思います。

最後に、どうして私は彼女に感謝をしているのか?それは・・・

言いたいことを言えない人は、言える人から勇気を分けてもらうことで救われるからです。

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